街を歩いていたら、突然異空間から邪悪な怪物が現れれ襲われる。普通の通行人たちは哀れ犠牲者となって道に横たわる、というのは映画のお決まりの場面。これをサッと鮮やかに対処できるのはスーパーヒーローだけの能力です。
しかし一般人が、常に周囲に厳重な注意を払いながら歩いたり、次に起こりうる可能性を常に想定したり、そしてそれに対する対処を何通りも考えながら道を歩いていたら、身も心も疲弊して仕事になりません。たぶん友達もできない。
なので一般人は、自分が哀れな通行人になることを覚悟しつつ、いちるの望みをスーパーヒーローに託し、日々ぼんやりといつもの道を仕事に向うのです。しかしながら、この「注意と思考の打切り」は人の生活や仕事を効率的に進めるための必須の機能とも言えますね。
さてここに、ある通りの写真が2枚あります。どちらもまっすぐ伸びた主道路のように見えます。
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写真A:団地内の道路-東向き | 写真B:団地内の道路-北向き |
それぞれの中央部を拡大したのが↓下写真です。写真Aは、少年がボール遊びをしています。写真Bでは向こうから車が接近しているようです。注目は指マークの部分です。
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写真A:団地内の道路-東向き 拡大 | 写真B:団地内の道路-北向き 拡大 |
実は指差し場所はA・Bの道が交差した場所(↓下の写真)。どこを走っても自分に優先権があるように錯覚しやすい団地内の等幅道路です。実は、マーク位置以外にも数本の道がそれぞれの道路に交差していますが、すべて等幅で優先権は一切なし。
業者さんや一部の住人すら「思い込み」がブレーキを踏ませません。疑うことなくノーブレーキで交差点を通過します。当然接触事故も。めんどくさいことに「自分は法に則っている!」と思っているので余計モメます。
錯覚はこんな恐ろしい結果も招きますが、たぶん錯覚は、脳が効率的に動けるように都合よく判断する結果で、ヒトの欠点ではないと思います。錯覚と思い込みは仲間ですよね。
話は変わりますが(あれ?)社員の中にも「ウッカリしてました」をよく使う人がいます。頻繁に聞くので、ずっとウッカリしているんだと思います。でも本人の意識の中では「普段はきちんとやっているのですが、どうした訳か今回に限っては」が省略されています。
「魔が差したのね」ってことで反省はない・・・。私自身が勝手に思い込んでいるオフィス心理学によれば、こういうタイプの人は「勘違いしていました」もよく使います。さっさと判断して賢くこなしている風にしたいので早合点も多いのでは。なので、自分に都合良過ぎるコレはきっと続きますね・・・どこまでも・・・ (^^;) 話にまとまりがない
おもい‐こみ〔おもひ‐〕(思い込み)
深く信じこむこと。また、固く心に決めること。「例:思い込みの強いやつ」
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